10/19/2016

うちの猫 ー Barn Cats 2

 
来たばかりのころ。生後約4週。
前回の投稿
↓↓↓

絵の仲間のナンシーのファームには、猫が住みついています。
どこからか勝手にやって来て住みついている猫たちで、
子猫をどんどん産んで、運が良く、体が丈夫なものがサバイブします。
人間との接触がないですから、野生といえます。
ペットとして、家畜として通常飼われる動物が、このように野生化しているとき、
こちらでは、feral と言います。

コヨーテ、キツネ、リス、シカ、オポッサム、スカンク、ラクーン(たぬき)、
チップマンク、モグラ、グランドホッグ.....
我が家の周りにウロついている、こういった動物たちは、純粋な野生動物です。

ナンシーたちは、
猫はネズミ退治に役立つので、追い出しはせず、餌をあげています。
でも、feral ですから、決して人間には近寄って来ません。

ななチャンが、ベブと一緒に引っ越していったので、
もう、コッソリうちに入って来る猫もいなくなり、
また、ムクムクと猫が飼いたいという気持ちになりました。
かつてのように、「なついている猫」を。
ということで、ナンシーの農場にあるバーンに居ついている
feral 猫が産んだ子猫を引き取ることにしました。

秋口に生まれた子猫は、冬を越せず、みんな死んでしまうのだそうです。
7匹生まれた子猫たちも、1か月の間に3匹減っていました。
バーンの周りの近くの木には、タカやワシが巣を作っていますが、
うじゃうじゃいた猫たちがここのところ、激減してきたのは、
野生動物が、猫たちをハントできるので、近場に寄って来たからかもと思いました。
ナンシーの家にいた犬も、ちょうど去年の終わり頃に死んでしまい、
居候していた娘さんの犬も、ちょうど同じ時期に引っ越して行きました。
ヨボヨボの大型犬と、やたら何にでも吠える小型犬でしたが、
野生動物を威嚇する歯止めになっていたのかも、とも思いました。

子猫たちもferalですから、人を見るとフーッといいます。
ですから、できるだけ早く引き取らないと、
家猫(ペット)にしにくくなってしまいます。

子猫たちが猫缶の餌を食べられるようになったので、
いつでもいいよ、ということになり、
そう言われた週の日曜日、娘も息子もめずらしく用事がなかったので、
えいやっと引き取りに行きました。
9月11日のことでした。
アメリカでは、911というと、救急電話番号と、
ニューヨークの  ワールド  トレードセンターに民間機が突っ込んだ
あの、悲惨なテロのあった日だと気づきました。
テロは、911という緊急事態の番号に合わせたのだと思いあたり。。。

 
子ねこたちは、バーンのシャッターの隙間から出て日向ぼっこをしていました。
タカなどの空を飛ぶ敵からは丸見え。。。これじゃあ、たしかに野生動物につかまるわけだ。

とりあえず、ナンシーがバケツを持って来て、
逃げ回る子猫たちを捕獲しました。
全部で4匹いました。
前回、子猫を見に来た時にいた三匹と、もう一匹。
バケツの中の右側に見える猫です。
この子猫の顔は、めのあたりがことさら汚く、目やにがべったり。
こう言ってはかわいそうかもしれませんが、とても不細工でした。
それに、ヨタヨタしていて、身のこなしも今ひとつ。。。
後でわかったのですが、目の怪我で、ほとんど見えていなかったのでした。

黒い猫は、シャーシャー言って、猛烈に抵抗し、もがき回りました。
正直いって、か〜なり、かわいくない態度でした。
でも、この猫も、じつは目やにがいっぱい。目の状態が悪く、
あまり周りがよく見えていなかったらしいと後でわかりました。
だから、ことさら過敏に反応していたのだと思います。
 
「さあ、どの猫を連れてく?」
と、ナンシーが言いました。
冬を越せない猫たちということを思い出し、ドキドキしてきました。

「しばらく様子を見て、決めた方がいいね」

ナンシーが、タオルと猫缶を持って来てくれ、
娘と息子が交代でだっこして、餌をあげました。
猛烈な勢いで食べていました。これならもう家に連れてく行っても大丈夫。

 

でまあ、どうしたかというと、4匹全部連れていくことにしました。
もともと猫を4匹飼っていたので、あまり違和感がなかったのです。
(1匹は心臓発作で早逝し、3匹の時代が長かったですが)

あと、一番、ボロボロで汚くて不細工で、ヨタヨタしている猫は、
「置いていったら?」
という感じでしたが、みんな一緒に引き取ることにしました。

さて、家に帰ると、
もちろん、みんなお風呂に入れてきれいにしました。
外にずっといた猫たちですから、小さな体にしっかりノミがうじゃうじゃといましたから、
これもきれいに取ってさっぱり。

子猫たちは、まだとても小さいので、
バスルームのバスタブの中に入れておくことにしました。
(こういう時、アメリカの家は便利です。家にいくつかトイレがあります)

猫は、トイレを教えなくても、そこに猫砂を入れた箱があれば本能なのか、
ちゃんといっぱしにします。
ただ、あまりに小さいので、埋めるのがとても下手で、
自分のウンチをふんずけてしまい、何度も洗う羽目になりましたが。

 

餌もガツガツとよく食べますが、生後1か月ほどは、水を器から飲むことができません。
餌の猫缶には水を足して、水分も補給できるようにしました。

さて、顔が一番不細工な猫ですが、
右目がどんどん膨張し、恐ろしい形相になりました。
獣医さんに連れていったところ、ごく小さい時に両目を怪我していて、
右目はファイナルステージになっているとのことで、
腫れが引いたら、目玉を取って縫い付ける手術をすることになりました。
 
獣医さんにて
(顔がものすごく悲惨なので後ろ姿)


この時、もう一方の目も危ないと言われ、
「目が見えない猫って、どうやって飼おうか。。。」
と、覚悟しましたが、
薬をあげて、一週間ほどして、片目は助かることがわかり、ほっと一息です。
いやあ、この猫、あと一週間あとにもらいに行っていたら、
もうこの世にいなかっただろうなと思いました。
何かしら、縁があったのかもしれません。

 
この猫に限らず、他の三匹も目に問題があって、
毎日何回も点眼しました。
獣医さんにかかるお金がばかにならないので、人間用の薬です。

昔、何匹も野良猫を拾って、飼い主を見つけてあげたりしたものでしたが、
その時の体験とちがい、子猫たちのコンディションがとても悪く、
なかなか表情がきれいになりません。

よく考えると、昔拾った野良猫たちは、
家で生まれたのを捨てられたものばかりです。
ななチャンも、母猫は野良でしたが、娘の友達の家で生まれ、
そのまま家の中で面倒を見たものを引き取っています。
今回は、feral の母猫から生まれた、feral 生活の中からの猫ですから、
なるほど、野生化した動物を面倒みるのは甘くない、と思い知りました。

 
さて、子猫たちの名前ですが、
娘がやたら凝った名前を考えてつけましたが、
あまりに凝りすぎていて、定着しませんでした。
なんだかんだと面倒みているうちに、自然に呼び名がついていました。
それがこの子たちの名前になりました。

長くなったので、この続きはまた次回。
(つづく)
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10/16/2016

ニュースの拾い読みー Death with Dignity -人生の逝き方ーBrittany Maynardさんの 軌跡 とHow to Die in Oregon

ここ数年、
人生のステージが変わってきたとつくづく思います。
周囲の友人、知人の訃報が多いです。
若かったころは、まず、周囲には結婚の話、写真、便り。
そして間もなくすると、年賀状は幼い子供の写真が主流。
人生が未来に向かっている、次期なのだなと
とくにこの頃は、誰々がホスピスケアに切り替えたという話を
毎月のように必ず聞きます。

ここ、ミシガンでは、もう手の打ちようがないという判断をされ、余命半年以内と診断されると、
このように、ホスピスケアに切り替える人が多いです。
ホスピスケアは、少しでも長く生き続けるという目的から、
少しでも、死ぬまでの痛みや苦しみを和らげ、最期の時を迎えるーーという目的にシフトしたもので、
専用の施設に入る人もありますが、私の周りでは、自宅でケアを受ける人の方が多いです。

今年は、絵の仲間のご主人がホスピスケアに入ったあと、まもなく亡くなりました。
ここ10年ほど、がん治療を続けていたのですが、
いよいよ状態が末期と診断され、ホスピスケアに切り替えたのです。

「彼はね、とてもとても良い患者でいたけど、最期は、やはり、とても凄まじいものだったわ。
最期に息を引き取ったとき、ああ、これで苦しみからやっと解放されたのね、辛かったのも終わったわねとーー」

彼女は、100歳のお母さんもご主人と同時にホスピスケアに入り、
2人を同時進行で面倒みていました。
そして、数日前、いよいよお母さんの方も亡くなりました。
かれこれ一年あまりの、苦しい旅でした。

さて、「ニュースの拾い読み」の投稿の下書きを書き、
はやくパブリッシュしなくちゃと思いつつ、
はっと気づいたらまるまる2年放っておいてしまったものに、「尊厳死」の話題があります。
書いたときはニュースは世間に出回っている真っ最中でしたが、
もう数年前のことになっちゃってる。。。

前置きが長くなりましたが、今さらながら、よっこいしょと投稿します。
*******  ********  ********

Terminally Ill Woman Brittany Maynard Has Ended Her Own Life

数年前のニュースですが、ブリタニーさんという若く、美しい女性が、
治療不可能な悪性の脳腫瘍にかかり、
自らの命を閉じる尊厳死を選択したことが、全米で大きく取り上げられました。
彼女の病気は、進行すると、大変な痛みや苦しみはもちろんですが、
自分が自分でなくなる状態になる段階がやってきます。
そのような状態になる前に、死を迎えたい。自分が自分らしいままの時に家族や友人と別れたい。

住んでいた州では違法であったため、合法であるオレゴン州のポートランドに引っ越しました。
(後で紹介するドキュメンタリーで紹介。オレゴン州はdeath of degnity の先駆的な州です)

なぜ、ブリタニーさんが、おおいに話題になったのかというと、
積極的にビデオ撮影のメッセージなどを発信し、
Death with dignity について理解を求めたからです。
そして、何よりも彼女の20代後半という若さと美しさ。
自ら逝ったときは29歳でした。

ちなみに、日本でいう尊厳死は、延命治療を続けないで、そのまま逝かせる事に使われている気がします。
ここでアメリカが言う尊厳死とは、本人に自覚、自覚ががある間、症状が末期のひどい状態になる前に安楽死をすることです。
アメリカ生活が長い我が家は、Living Will というものを作っていますが、
そこに、自分で判断ができない状態になった時に、延命治療をどうするかという事も意志を書いてあります。
死後の臓器提供などについても。
資産の事はもちろんですが、人生最期の事態についてもきちんと意志を表明しておく社会です。
延命措置で生き延びている状態をやめて亡くなるのは、アメリカでは自然死という認識のカテゴリーに入ります。
ですから、ブリタニーさんのようなDeath with Dignity による死は、安楽死といった方が分かりやすいです。

この記事の中にかなり沢山ブリタニーさんの軌跡が紹介されています。(英語)



病気になる前のブリタニーさんは、とても綺麗で、生き生きとした女性でした。
下は、結婚式での写真です。
アメリカでは、結婚式の写真をプロが本格的に撮ってまとめる事が盛んです。
人生の絶好調の時。



ブリタニーさんのニュースが話題になっていた頃、
俳優のロビン・ウイリアムズの自殺のニュースも世界中を駆け巡りました。
うつ病で苦しんでいたコメディ俳優の苦しい生活には想像を絶するものがあります。


抗がん治療の多くは、多量の投薬のため、その副作用で異常に太ることが多いです。
上は、ブリタニ―さんの最期に近いころ。まるで赤の他人のように見えるくらい太っています。
あとで紹介する「積極的な死」を選択した女性の言葉の中に、
「この尊厳死を選べば、**パウンド(という異常な体重増加で)膨れ上がることもない」
といったせりふがあります。
個人的に、薬の副作用での体重増加は、同じ経験をしていますから、気持ちがよくわかります。
どう努力しても、膨らんでしまい、とても嫌なものです。生き延びるためとわかっていても。。。


ブリタニーさんのために作られたページ

ブリタニーさんの遺志をサポートする基金のビデオ




******************
ブリタニ―さんは、Death with Dignityが合法なオレゴン州に引っ越しましたが、
このオレゴン州は、知る人ぞ知る、Death with Dignityの先駆けといえる有名な州です。
Death with Dignityについて理解を求めるため、
ブリタニ―さんは自らのことを世間に積極的に公開し、ビデオも作成して一般に公開するなどしていましたが、
彼女のこの活動は、じつは、このオレゴン州で始まった運動の流れにつながっています。

「How to Die in Oregon」
2011年にサンダースフィルムフェスティバルで、賞をもらったドキュメンタリー。
オレゴン州は、Death with Dignity が合法な州として知られています。
現在では、ワシントン州、バーモント州、、、と続き、
このドキュメンタリー作成中、
カリフォルニア州も合法化が進行中でしたが、現在は施行されています。

このドキュメンタリーを見ると、death with dignity のディテールがよくわかります。
医師は、必ず患者に「気が変わったか」を確認します。
映画は最後の最後の段階を紹介していますが、そこに行き着くまでには、
意思の確認作業が何度も行われています。

「家族に多大な金銭的、精神的負担をかけたくない」
という人には、自分が苦労をした経験、苦労を目の当たりにした経験があります。

「痛みや苦しみで、自分が自分でなくなっていくことに耐えられない」
「自分をコントロールできない状態は本当の自分の人生とは思えない」
「治療の副作用で、異常にふくれ上がった体になど戻りたくない」

この作品の中では、決断した患者さんたちの最期のシーンを淡々と紹介していますが、
一人、胃がんの女性の最期の日までを丁寧に、じっくりと追いかけています。
簡単な決断ではないことがひしひしと伝わってきます。

最期の時は、皆、自宅でそばにいてほしい人に囲まれて迎えています。

カチャカチャカチャーーーと、スプーンをかき回して、
カップの中の飲み物に「死への旅のための薬」を溶かし込む音が印象的です。
下はオフィシャルトレイラー。





クリスチャンが多いアメリカでは、
自ら死を選ぶという選択をすることにとても抵抗があると思います。
当人や家族だけでなく、社会(一般の人々)からの抵抗が強いと推察します。
ですから、このように、悩み、考えに考えた末の決断という事、
なぜか、という事の説明を丁寧にアピールするのでしょう。

でも、そのような中、
しっかりと尊厳死(安楽死)の合法を勝ち取った州がある所がすごいなあと思います。

http://www.fsight.jp/30098

参考
(下は2016年現在のアメリカでの条件Eligibility
日本語の方は、私が我流で訳したもので、正式な法律用語に訳されたものからの引用ではありません。念のため。
To qualify for a prescription under physician-assisted dying laws, you must beーーー
  • a resident of California, Oregon, Vermont, or Washington; and    ーカリフォルニア州、オレゴン州、バーモント州、ワシントン州、、、といったdeath of dignity が合法となっている州の(合法的な)住人であること。
  • 18 years of age or older; and   ー18歳以上
  • mentally competent, i.e. capable of making and communicating your health care decisions; and  ー精神状況が正常で、自分の病状、受ける医療措置を理解し、(安楽死を選択する決断をする)意思を他者に伝えることができること。
  • diagnosed with a terminal illness that will, within reasonable medical judgment, lead to death within six months. ー治療が不可能な疾患で、余命半年以内と医療機関から正式に診断されていること。
You must also must be able to self-administer and ingest the prescribed medication. All of these requirements must be met without exception.
ーー処方された薬は、誰の手も借りず、自分自身の手で摂取しなくてはいけません。
You will not qualify under aid-in-dying laws solely because of age or disability. ーー年齢や障害といった理由だけでは認められません。
Two physicians must determine whether all these criteria have been met.  ー2人の医師が、すべての条件を満たしていることを証明しなくてはいけません。
********************************
 
このような記事をつらつらと拾い読みしていくうち、
ちょうどブリタニ―さんのニュースと同時期にあった
ロビン・ウイリアムズの自殺の件が妙に頭に浮かび上がってきました。
うつ病(Depression) は、体は元気でも、心が生きる意欲を失っている状態です。
心が「生きたくない」という気持ちに巣くわれて苦しんでいる場合はどうなのだろう?
それだって、想像を絶する苦しみといえるのではないか?

調べてみたところ、やはりありました。

ベルギーで「生きるのに向いていないから」ということで、
肉体的には健康な女性が安楽死することを認められたというニュースを見つけました。
http://tocana.jp/2015/06/post_6713_entry.html

でも、精神疾患で苦しむ人たちの死(というのか、死にどきの見きわめは難しく、
論議が絶え間なく続いているようです。
https://www.lifesitenews.com/news/study-lays-out-complications-of-death-with-dignity-in-belgium

death of dignity を認めている国、アメリカの州
http://www.dignitas.ch/index.php?option=com_content&view=article&id=54&lang=en


*********************************


ブリタニーさんのことが話題になっていたころ、フランスのある女性が
「合法的に安楽死したい」と国を相手に闘っていました。

フランスの52歳の女性が非常にめずらしい病気にかかり、
顔が異常に変形したうえ、目も見えなくなり、一日中続く痛みと戦っていました。
この患者さんは、Chantal Sébireさんといい、元学校の先生でした。
そして、病巣が脳をおかし始めたら植物状態になり家族が介護せねばならなくなります。
彼女は、政府に安楽死を許可してほしいという訴えを起こしていました。
しかし、政府は首をたてに振りませんでした。
そして、ある夜、彼女が亡くなっているのが発見されました。

司法解剖によると、彼女は自然死ではなく、フランス国内では手に入らない
医師介助による安楽死のために使われる薬による死だという結果でした。

アメリカと違い、医師の立ち会いなどといった細かい決まりがない国もあります。
ですから、「安楽死」の薬を手に入れるための極秘ツアーといったようなルートで手に入れたのではないか、
誰かが薬の入手に手を貸したのではないか、などと言われています。

この女性の例は、いささか皮肉なところもあります。
病気がわかったころ、頑として薬品の使用を「体にケミカルを入れたくない」と拒否し、
病状がひどく悪化したそうです。
最終的にはには、自分の命を奪うための薬(ケミカル)を欲しています。



http://content.time.com/time/world/article/0,8599,1724062,00.html


安楽死についてまとめられたもの(日本語)
http://matome.naver.jp/odai/2134910945569325401

生まれてきたら、いつかは必ず死ぬときがやって来ます。
死はどうしても避けられない現実です。
もし、あと半年と言われたら、自分はどのような選択をしたらいいだろう。。。
これから猛烈な苦しみ、痛みが待っていて、
さらにあるところからは自分が自分でなくなり、
周囲のことも全くわからなくなり、
周囲にも金銭的にも、精神的にも負担をかける、、、

個人的なことですが、8年ほど前、死を考える機会がありました。
患者としていろいろな処置をくぐり抜けたのですが、苦しいものが多々ありました。
子供たちもまだ小さく、アメリカに頼れる身寄りのないことの辛さを思い知りました。

医療処置は、10人ほどがグループになって、
同じサイクルを回る感じで進められていました。
「治療」という言葉は使いません。
より長く生き延びるための「処置」というのが正確だからです。

「同期の桜」ではないですが、仲間意識みたいなものも芽生えました。
苦痛が伴うことを経験していく中、つくづく思い、語り合ったのは、

I am not afraid of dying, but suffer.
死ぬのは怖くない。苦しみが、苦痛が耐えられない。
ーーということです。
毎日の生活が病院と共にある、不快感、痛み、苦痛と一緒に過ごす患者としての日々は、
前向きに考えようとしてはいても、みじめだなあと涙がポロリと出てしまうこともありました。

"I want to have my life back to normal."
早く普通の生活に戻りたい。

という気持ちでいっぱいでした。

また、大病を患うというのは大きな挫折感を味わうことも実感しました。
どんなに健康に気をつけていたとしても、かかる場合はあるのです。

処置のファイナルステージでは、体力が持たず、亡くなった仲間が何人かいます。
でも、私たちは生き延びるチャンスがあったので、まっしぐらに立ち向かっていました。

もし、もう絶望的で、見込みがない。
あと半年以内と判断された時、

そこに、合法的な「安楽死」の選択肢があった場合、
How to Die in Oregon の女性をはじめとした他の人々のように、
ブリタニーさんのように、
合法的な「安楽死」を選ぶかもしれないな。。。

死は、病気ばかりではなく、いろいろな形で訪れます。
事故、犯罪や災害の被害者エトセトラ。

考えるとこわくなってきた。
このへんでおしまいにしておきます。

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9/27/2016

私の住む町サリーンで ー町からビジネスが消えていく

ミシガンは雪が降るので、春夏秋に道路工事が集中します。
冬の長さが半年近くですから、一年間の半分の時期に集中することになります。
冬は雪やアイスなどで運転に支障をきたしますが、
そうでない時期は、道路工事で道がブロックされて渋滞します。
いいことなし。
 
私の住む小さな町、サリーンは、ごちゃごちゃ混まず、
田舎ですから道も単純で、運転がとても楽ちんだったのですが、
今年はダウンタウンの下水の工事を大々的に行い始め、
交差点も、ラウンドアバウトという、信号やストップサインがない
くるりとまわる輪っかのような形に変えるなど、
あちこちブロックされています。
街路樹もばっさり切り倒されました。下を下水が通っているからです。
ですから、ダウンタウンの交差点はまるはげ状態。
工事が終わっても、殺風景なものになるでしょう。
 
よく見えるかわかりませんが、Local Business Open というサインが出ています。
こういった片側シャットダウンの状態になったダウンタウンは、
仕事の生き帰りの時間帯が猛烈に渋滞しますが、
混んでなくても、ふだんのようにすうっと行けないようになったため、
工事しているところにあるビジネスは大打撃です。
「他に行った方が早い」てな感じ。
小さな町ですから、どこも小さなビジネスです。
彼らの悲鳴が聞こえるようです。

 
ただでさえ、あまりビジネスがないサリーンのダウンタウンです。
工事の前から、ビジネスが一つ、また一つと消えていっているというのに、
この先、一体どうなっちゃうんだろう。
早く工事が終わらないかな。。。
車の流れが大いに変わり、ばんばん抜け道や迂回をしてきます。
まだまだ終わりそうにありません。
早く、普通の運転生活がしたいもんです。
今日は、ぐっと寒くなりました。
あーあ、もう、冬になっちゃうな。。。


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9/21/2016

うちの犬ー 愛チャン、今、むかし

 
去年の今ごろ亡くなった、お隣のトムは、
それはそれは、愛チャンをかわいがってくれたものでした。
トムたちは、大の犬好きで、猫ぎらいでしたが、
うちの猫のななチャンがなつき、ポンとトムの膝の上に乗ってから、
いつしか、猫ぎらいを返上して溺愛。
ななチャンは、お隣の猫になりました。
(トムたちとのお別れの投稿)
⇩⇩

さて、
子犬だったころの愛チャンは、よく逃亡し、連れ戻すのに一苦労したものです。
特に、エレクトリック・フェンスを導入する前は、
出かけるためにドアを開けたすきにピューッ。

トムがよくつかまえて、保護してくれたものです。

 
さて、トムが亡くなった後、
未亡人になったベブのために、
箱いっぱい、どっさりある写真の写真をせっせと撮り、
スライドショーが流れるフレームで見られるようにして、
そのフレームをプレゼントしました。
 
そして、そのたくさんの写真を2人で整理していたところ、
トムが撮った愛チャンの写真が出て来ました。
トムは、愛チャンをリーシュにつないで、
どこにも行かないようにしてくれていたものです。

まだ、うちの猫のななチャンも家にいて、
愛チャンとさかんに遊んでいたころです。
これからしばらくたって、大きくなったななチャンは、
愛チャンが、遊ぼうよー、
とまとわりつくのを鬱陶しがるようになったのでした。

なつかしいなあ。
もう、もどらない、あのころです。
 
今の愛チャン。
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9/18/2016

懐かしの大河ドラマー 花神(かしん)

NHKの大河ドラマも、朝の連続テレビドラマも、アメリカ暮らしが長く、
しかも、ネット環境が不便で、やたらお金がかかった時代からだったこともあり、
すっかり空白になっております。NHKの一覧を見ますと、
本当に見たことがないものばかりでお寒い限り。

大河ドラマ一覧

今年の大河ドラマ「真田丸」のHP
*放映が終わってなくなっていたのでWiki のリンクに差し替えておきました。

草刈正雄がなかなかいい、と同世代では評判。
昔は、ルックスの良さで売れていたため、役者としての評価が不確かだった。

たまにのぞき見しますが、いやはや、画面といい、ホームページといい、立派!

でも、私にとってのNHKの大河ドラマは昔のものが格別です。
個人的に一番印象に残っていて、名作だと思っているのは「花神」です。
司馬遼太郎の原作「花神」そのものも名作と思っています。派手さはないですが。

下のオープニングのナレーションは、司馬遼太郎の原作からとったものです。
「花神」のすばらしさは、歴史上の人物がその時代に成し遂げたことを、
運命的な役割分担として位置づけていったところにあると思っています。
そして、その中心に村田蔵六(大村益次郎)を置くことで、
広々とした維新という日本の歴史の中の大舞台が、
他の主要人物たちの生きざまが、一人ひとりの情熱が、じつに生き生きと見渡せたのでした。
番組を観ながら、その時代のうねりに入り込み、ドキドキ、わくわくしたのを覚えています。






村田蔵六(大村益次郎)・中村梅之助
楠本イネ・浅丘ルリ子

吉田寅次郎(吉田松陰)・篠田三郎
高杉晋作・中村雅俊

2015年のNHKの大河ドラマ「花も燃ゆ」は、
吉田松陰の妹が主役でドラマが作られていました。

この「花神」での篠田三郎演じる吉田松陰は凛として涼やかなイメージで演じられています。
黒船で密航し、西洋のこと知りたいと小舟で漕ぎつける松陰の期待に胸を膨らませた表情と、
最後に処刑されるときの表情(写真)は印象深いです。
「狂え」つまり、徹底的に夢中になれ、と語っていた松陰だそうですが、
本当にやりたいと思ったことにまっしぐらに突き進んだ純粋さがすごいです。

高杉晋作も中村雅俊が大胆かつ切れ者、でも情も深い晋作を演じています。
当時の長州藩というのは、本当に色々な能力のある人物を輩出していたなあと思います。

他にも維新の重要人物がたくさんオムニバス版のように登場していますが、
どの人物も、役者さんがなりきって、自然に演じていました。

ところで、「花神」の世界には、
そこはかとないユーモラスな感じがあったところも好ましいです。
じつは、ユーモラスな息抜き的な部分というのは、芝居の中ではとても大切です。
かのシェークスピア劇も、原典を通読した方はご存知と思いますが、
ユーモラスなシーンがそこかしこ差し込まれています。
人生はシリアスな考え、行動だけではできていないです。
息を抜いたり、どこか抜けていたり、ばかな失敗したりーー。
そういったものが一緒になっているから、トータルに感じられるのではないかなと思います。

主人公・村田蔵六(大村益次郎)は、近代兵法の父のような存在ですが、
じつは本人はいわゆる頭でっかちの運動音痴系。
馬にも格好よく乗れない不器用さで、武士、兵士として戦うとなると
「逃げるが勝ち」に属するタイプ。
この役職からくる「いかにも〜」というイメージから
かけ離れた人だったところも個人的に大いに気に入っています。
たぶん、大河ドラマの主人公の中で、いちばん、ぱっとしない人物だったのでは?
でも、私にとって最高に魅力的な人物です。

現代日本の政界は、
いまだにこの維新のころの薩長閥を引きずっていると言われていますが、
滅びた側、凌駕した側、ともに心身ともにピンと尖って、命をかけて、
自国がどう動いていくべきかを、先が見えない中、
必死に考え動いた、この維新のころの人々のように動けているのかなぁ。


この、大河ドラマの「花神」は、総集編のビデオが販売されています。
が、かなり編集がおおざっぱなようです。
オリジナルの全編は、何かの手違いで無くなってしまったそうです。
ガーン。
ですから、私たちが観ることができるのは、「総集編」のみ。
とても、とても残念です。

http://wiki.samurai-archives.com/index.php?title=NHK_Taiga_Drama

下は、最終回のエンディングです。



NHK オンデマンド 「花神」
(うー、アメリカの我が家からは見られない)
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2010020462SA000/
山口県HP 大村益次郎
http://www.webkohbo.com/info3/oomura/oomura.html

 
今年、日本で靖国神社に行き、
銅像がそういえばここにあったんだ、と再認識。
日本国軍隊の祖:大村益次郎というより、
湯豆腐が大好物で、頭でっかちの村医者上がりの蘭学者:
村田蔵六という名の方がしっくりくる私は、
なんだか不思議なところにいるなあ、と思ってしまったのでした。
 

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