12/21/2016

うちの犬ー 愛チャン、今、むかし (2)

 
2016年のミシガンは、12月からぐぐっと寒いです。
華氏で一桁。(Singleといってます)または零下。ぶるぶる。
華氏の0度は、摂氏ではマイナス17. 8 度くらいです。
ミシガンは、年間の日照時間が短い州ですが、
気温がキン冷えに低い日ほど、晴れ晴れと明るい日差しです。
反射があるので、眩しいし、ふだん窓から光があまり入らない部屋の中も、
雪の反射光で明る目になります。もちろん、日焼け(雪焼け)も。

 
そんな寒い中でも、我が家の愛犬・愛チャンは、外に出ます。
でも、若いころのように遊びに出ることはめっきりなくなりました。
何しに出るかって。。。。


 
オシッコ(オット、失礼!)
愛チャンは、どうしても外で用足しをしないと気が済まないのです。
ペットホテルでも、他の犬たちのように中の人工的なトイレでは頑としてせず、
特別にいつも外に出してもらっていたくらい徹底しています。
ちなみに、小さな植木の向こう側には、人や車が通る道があります。
遠くて見えっこないんですが、愛チャンはいちおう、
よそ様からは見えないように用足ししております。


 
9月11日からやってきた4匹の子猫たち(総称:ニャンキーズ)がいます。
彼らはまだまだ外に出せません。野生動物に狙われるサイズです。
寒いので、やつらは餓えてます。
近所のジョアンが餌付けしているニャンコの1匹が、つい最近、やられました。
小柄な猫でした。

 

下は、どんなに寒くても、雪が降ると、張り切って走り回っていたころの愛チャン。
3年ほど前までは、こんなに活発だったのになあと寂しくなります。
でも、こんなやんちゃで元気な犬だったので、「遊ぼう、遊ぼう」がしつこく、
うちの猫だった猫・ななチャンからうっとおしがられるはめになりました。
空気が読めない愛チャンは、なぜ、ななチャンが自分を避けるようになったのか、
最後まで、理由がわからなかったようです。

 
下はダラダラしていたかったななチャン。2匹は同い年。
でも、猫の方が早く大人になります。犬はけっこう長く子犬っぽい。
 

下は、現在の愛チャン。オシッコの後、すぐヒーターに直行。
 

とろとろヒーターの前でまどろみ、ニャンコたちもいっしょ。
このペースだったら、ななチャンもお隣の猫にならなかったかも。
でも、あれは運命だったんだろうな〜と思います。
猫が大嫌いだったお隣が、ななチャンを大好きになって、
ご主人のトムは持病で苦しんでいましたが、支えになりました。
トム亡き後は、残された奥さんのベブの支え。

そして、現在の我が家は、白黒モノトーンのニャンコたちと、
色目がマッチした愛チャンの5匹が、気ままに、だらだらと過ごしております。
(ヒーターの前に全員集合のいい写真がない! )
 
愛チャンも、ニャンコたちも、
学校の成績の心配はしなくていいし、
宿題の面倒も見なくていいし、
習い事の送り迎えもしなくていいし、
強いていえば、犬はしつけでよそ様と何かしらあったりしますが、
うちは田舎家ですから、ストレスはほとんどなし。
とにかく健康で機嫌よくしていてくれれば幸せ。
そんな存在ですから、近くにいると、本当に癒されます。

同じ境地で息子や娘とも接していればいいのだろうと思うのですが、
今日もことあるごとに、嫌味言ったり、小言言ったりしてしまう母親の私なのでした。


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12/20/2016

絵を描く生活ーWhitmore Lake Portrait Group の納め会2016

今年の冬は、12月に入ってからぐっと気温が低くなり、
この日の朝は華氏でゼロ。摂氏ではー17. 8 度。
日中はそれでも摂氏でマイナス10度くらいに上がっておりましたが、
とにかく寒い。

 

今日(12月19日)は、月曜の午後のライブモデルを描くグループの2016年の納め会。
みんなでお馴染みのドンを描いて、その後近くのタバーンで乾杯と軽食。
日本の忘年会みたいな感じです。
このグループは20年続いていて、とても流れがスムーズで安定しています。
コーディネーターのペギーは役割分担を上手に決めて、
特定の人に頼りすぎる形になりがちなこういったグループを、
お互いがカバーしあえる形に徐々に切り替えていきました。
モデルさんたちも、皆で共有するリストを作り、
新しいモデルさんを招くたびに追加訂正しています。
ですから、当番制のモデルさん係も、新規開拓を無理にしなくても、リストを元に探せるので、
モデル不足に困ることは、もうありません。(これってすごいです)

ですから、口コミでどんどん評判が良くなり、
参加したいという人がどっと増えました。
今、このグループに入るには、
長いウエイティングリストの中でチャンスを待たないといけません。
そのくらい人気のグループですから、
よほどのことがない限り休まず参加しています。
自分のスポット、維持しなくちゃ!

 
  
Draw from Life - Donn- 12/19/16
 
Whitmore Lake.  凍っております。

納め会は、このレイクを眺める位置にある、タバーンというグリルというのか、
スポーツバーというのか、カジュアルにビールを飲みながら食事するみたいなところです。
ここは、食べ物が一味違っておいしく、値段も安いのが魅力です。
モデルスケッチの会場から5分とかからないところも魅力。
 

一昨年前の納め会で、誰かが注文していた、
ベジタリアン用のバーガーがとても気になっていたので、
今回、オーダーしようと思ったところ、メニューにありませんでした。がーん。。。
ポータベラ(portabella)という大きなキノコを丸ごと調理してマリネしたものを挟みます。
 
諦めきれず、駄目元でお店での人に聞いてみたところ、打てば響くように了解の返事。
「肉(ひき肉のパテ)のほうも挟むダブルにする?」
と言われたので、思い切って決行。
肉の焼きかげんはミディアムレアを頼みました。ふわりとやわらかくて美味でした。
(こちらは、お店で食べるハンバーガーは
ひき肉のパテの焼き加減をステーキ同様に聞かれることが多いです)

 
Portabella mushroom 

カメラマンのペギーのご主人が集合写真を撮るのも歳時記のひとつ。
年末は用事が入ることが多いですから、全員集合はなかなか難しい。
一度、不測の事態で参加できなくなったメンバーのために、
写真を合成してはめ込んで
全く不自然に見えないように仕上げたこともあるんだそうです。
驚き〜!!

 

良い仲間と、美味しい食事とおしゃべり。
リフレッシュしてまた2017年をスタートします。来年もがんばろう〜。

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11/06/2016

嘘か真か ー 車の色と保険料


車の色によって自動車の保険料が違うという話があります。
例えば、赤い色の車。
赤い車を運転するドライバーは、興奮しやすく、運転もスピードの出し過ぎる傾向があるとか。。。
車で赤い色を選ぶ人は、興奮しやすい? 云々で、保険料が高いーー。
まるで、闘牛みたいですが。

でも、じつはこのような説は根拠がないもので、
車の色の選択と、事故率の高い低いには、
はっきりした因果関係はつけられないというのが実際です。




車の色の選択と事故率の関係は、その因果関係を科学的に証明する事が難しいのです。
事故が起こったからといって、それが「真っ赤な色を選んだドライバーの性格が原因」とはっきり言えるのか?
何かが起こる時には色々な要因があります。
車の色の選択イコールには特定できません。

強いて言えば、暗い色の車が夜、よく他から見えなくなるので、
暗くてもよく見える明るい色の車の方が事故に巻き込まれにくい
という傾向はややあるかもーーという感じらしいです。

赤い車の保険料が高いと言われる理由は、もっと他のことが関係ありそうな気がします。

例えば、赤のフェラーリに乗ってる人の保険料が高いのは、
色が理由ではなく、車そのものの価格が高いからです。
また、車種もスポーツカー系。
スポーツカー系高級車は、たしかに派手な色が多いかも。
(車の性質上、きっと、地味じゃつまんないですからネ)


そういえば、周りに
高価な車の近くを走らない、駐車しないという人がいます。
なぜかというと、ぶつけたり、傷つけたりした時の損害賠償金が高いから。

逆に、とてもお金持ちで、高級車を運転している知人がいました、
嫌がらせをされたことがたびたびあって、驚いたものです。
若い女性なのに、BMWのオープンカーを乗り回してましたから、
カチンと来る人がいたのかもしれません。
運転中、通りすがりの車の運転手から、火がついたタバコの吸い殻を放り込まれたり、
駐車場で人目が周りにない時、
わざと、傷がつくようにドアなどをバンと開けてぶつけられていたり。
バックで、わざと思い切りぶつけて、
ささっと去っていくのを遠目に目撃したこともあるそうです。
(わざとなのか、単に不注意な人たちなのか、これもさだかではありませんが)

彼女は、アートをしていたのですが、コンテンポラリーな彫刻系もしていたので、
材料集めでは、治安が悪いとされる地区にちょくちょく行っていました。
こういうところに、高級車で堂々と乗り付けて買い物していたわけで、
いやなこともそういった所で起こっていたわけで、
私からすると、それってターゲットになりやすいから危険。

普段の生活用の地味で目立たない、普通の車ももう一台持ったらどうだと薦めたものですが、
やられた!と腹を立てながら乗り続ける生活を続けておりました。
ふむ。これは性格だな〜。

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10/19/2016

うちの猫 ー Barn Cats 2

 
来たばかりのころ。生後約4週。
前回の投稿
↓↓↓

絵の仲間のナンシーのファームには、猫が住みついています。
どこからか勝手にやって来て住みついている猫たちで、
子猫をどんどん産んで、運が良く、体が丈夫なものがサバイブします。
人間との接触がないですから、野生といえます。
ペットとして、家畜として通常飼われる動物が、このように野生化しているとき、
こちらでは、feral と言います。

コヨーテ、キツネ、リス、シカ、オポッサム、スカンク、ラクーン(たぬき)、
チップマンク、モグラ、グランドホッグ.....
我が家の周りにウロついている、こういった動物たちは、純粋な野生動物です。

ナンシーたちは、
猫はネズミ退治に役立つので、追い出しはせず、餌をあげています。
でも、feral ですから、決して人間には近寄って来ません。

ななチャンが、ベブと一緒に引っ越していったので、
もう、コッソリうちに入って来る猫もいなくなり、
また、ムクムクと猫が飼いたいという気持ちになりました。
かつてのように、「なついている猫」を。
ということで、ナンシーの農場にあるバーンに居ついている
feral 猫が産んだ子猫を引き取ることにしました。

秋口に生まれた子猫は、冬を越せず、みんな死んでしまうのだそうです。
7匹生まれた子猫たちも、1か月の間に3匹減っていました。
バーンの周りの近くの木には、タカやワシが巣を作っていますが、
うじゃうじゃいた猫たちがここのところ、激減してきたのは、
野生動物が、猫たちをハントできるので、近場に寄って来たからかもと思いました。
ナンシーの家にいた犬も、ちょうど去年の終わり頃に死んでしまい、
居候していた娘さんの犬も、ちょうど同じ時期に引っ越して行きました。
ヨボヨボの大型犬と、やたら何にでも吠える小型犬でしたが、
野生動物を威嚇する歯止めになっていたのかも、とも思いました。

子猫たちもferalですから、人を見るとフーッといいます。
ですから、できるだけ早く引き取らないと、
家猫(ペット)にしにくくなってしまいます。

子猫たちが猫缶の餌を食べられるようになったので、
いつでもいいよ、ということになり、
そう言われた週の日曜日、娘も息子もめずらしく用事がなかったので、
えいやっと引き取りに行きました。
9月11日のことでした。
アメリカでは、911というと、救急電話番号と、
ニューヨークの  ワールド  トレードセンターに民間機が突っ込んだ
あの、悲惨なテロのあった日だと気づきました。
テロは、911という緊急事態の番号に合わせたのだと思いあたり。。。

 
子ねこたちは、バーンのシャッターの隙間から出て日向ぼっこをしていました。
タカなどの空を飛ぶ敵からは丸見え。。。これじゃあ、たしかに野生動物につかまるわけだ。

とりあえず、ナンシーがバケツを持って来て、
逃げ回る子猫たちを捕獲しました。
全部で4匹いました。
前回、子猫を見に来た時にいた三匹と、もう一匹。
バケツの中の右側に見える猫です。
この子猫の顔は、めのあたりがことさら汚く、目やにがべったり。
こう言ってはかわいそうかもしれませんが、とても不細工でした。
それに、ヨタヨタしていて、身のこなしも今ひとつ。。。
後でわかったのですが、目の怪我で、ほとんど見えていなかったのでした。

黒い猫は、シャーシャー言って、猛烈に抵抗し、もがき回りました。
正直いって、か〜なり、かわいくない態度でした。
でも、この猫も、じつは目やにがいっぱい。目の状態が悪く、
あまり周りがよく見えていなかったらしいと後でわかりました。
だから、ことさら過敏に反応していたのだと思います。
 
「さあ、どの猫を連れてく?」
と、ナンシーが言いました。
冬を越せない猫たちということを思い出し、ドキドキしてきました。

「しばらく様子を見て、決めた方がいいね」

ナンシーが、タオルと猫缶を持って来てくれ、
娘と息子が交代でだっこして、餌をあげました。
猛烈な勢いで食べていました。これならもう家に連れてく行っても大丈夫。

 

でまあ、どうしたかというと、4匹全部連れていくことにしました。
もともと猫を4匹飼っていたので、あまり違和感がなかったのです。
(1匹は心臓発作で早逝し、3匹の時代が長かったですが)

あと、一番、ボロボロで汚くて不細工で、ヨタヨタしている猫は、
「置いていったら?」
という感じでしたが、みんな一緒に引き取ることにしました。

さて、家に帰ると、
もちろん、みんなお風呂に入れてきれいにしました。
外にずっといた猫たちですから、小さな体にしっかりノミがうじゃうじゃといましたから、
これもきれいに取ってさっぱり。

子猫たちは、まだとても小さいので、
バスルームのバスタブの中に入れておくことにしました。
(こういう時、アメリカの家は便利です。家にいくつかトイレがあります)

猫は、トイレを教えなくても、そこに猫砂を入れた箱があれば本能なのか、
ちゃんといっぱしにします。
ただ、あまりに小さいので、埋めるのがとても下手で、
自分のウンチをふんずけてしまい、何度も洗う羽目になりましたが。

 

餌もガツガツとよく食べますが、生後1か月ほどは、水を器から飲むことができません。
餌の猫缶には水を足して、水分も補給できるようにしました。

さて、顔が一番不細工な猫ですが、
右目がどんどん膨張し、恐ろしい形相になりました。
獣医さんに連れていったところ、ごく小さい時に両目を怪我していて、
右目はファイナルステージになっているとのことで、
腫れが引いたら、目玉を取って縫い付ける手術をすることになりました。
 
獣医さんにて
(顔がものすごく悲惨なので後ろ姿)


この時、もう一方の目も危ないと言われ、
「目が見えない猫って、どうやって飼おうか。。。」
と、覚悟しましたが、
薬をあげて、一週間ほどして、片目は助かることがわかり、ほっと一息です。
いやあ、この猫、あと一週間あとにもらいに行っていたら、
もうこの世にいなかっただろうなと思いました。
何かしら、縁があったのかもしれません。

 
この猫に限らず、他の三匹も目に問題があって、
毎日何回も点眼しました。
獣医さんにかかるお金がばかにならないので、人間用の薬です。

昔、何匹も野良猫を拾って、飼い主を見つけてあげたりしたものでしたが、
その時の体験とちがい、子猫たちのコンディションがとても悪く、
なかなか表情がきれいになりません。

よく考えると、昔拾った野良猫たちは、
家で生まれたのを捨てられたものばかりです。
ななチャンも、母猫は野良でしたが、娘の友達の家で生まれ、
そのまま家の中で面倒を見たものを引き取っています。
今回は、feral の母猫から生まれた、feral 生活の中からの猫ですから、
なるほど、野生化した動物を面倒みるのは甘くない、と思い知りました。

 
さて、子猫たちの名前ですが、
娘がやたら凝った名前を考えてつけましたが、
あまりに凝りすぎていて、定着しませんでした。
なんだかんだと面倒みているうちに、自然に呼び名がついていました。
それがこの子たちの名前になりました。

長くなったので、この続きはまた次回。
(つづく)
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10/16/2016

ニュースの拾い読みー Death with Dignity -人生の逝き方ーBrittany Maynardさんの 軌跡 とHow to Die in Oregon

ここ数年、
人生のステージが変わってきたとつくづく思います。
周囲の友人、知人の訃報が多いです。
若かったころは、まず、周囲には結婚の話、写真、便り。
そして間もなくすると、年賀状は幼い子供の写真が主流。
人生が未来に向かっている、次期なのだなと
とくにこの頃は、誰々がホスピスケアに切り替えたという話を
毎月のように必ず聞きます。

ここ、ミシガンでは、もう手の打ちようがないという判断をされ、余命半年以内と診断されると、
このように、ホスピスケアに切り替える人が多いです。
ホスピスケアは、少しでも長く生き続けるという目的から、
少しでも、死ぬまでの痛みや苦しみを和らげ、最期の時を迎えるーーという目的にシフトしたもので、
専用の施設に入る人もありますが、私の周りでは、自宅でケアを受ける人の方が多いです。

今年は、絵の仲間のご主人がホスピスケアに入ったあと、まもなく亡くなりました。
ここ10年ほど、がん治療を続けていたのですが、
いよいよ状態が末期と診断され、ホスピスケアに切り替えたのです。

「彼はね、とてもとても良い患者でいたけど、最期は、やはり、とても凄まじいものだったわ。
最期に息を引き取ったとき、ああ、これで苦しみからやっと解放されたのね、辛かったのも終わったわねとーー」

彼女は、100歳のお母さんもご主人と同時にホスピスケアに入り、
2人を同時進行で面倒みていました。
そして、数日前、いよいよお母さんの方も亡くなりました。
かれこれ一年あまりの、苦しい旅でした。

さて、「ニュースの拾い読み」の投稿の下書きを書き、
はやくパブリッシュしなくちゃと思いつつ、
はっと気づいたらまるまる2年放っておいてしまったものに、「尊厳死」の話題があります。
書いたときはニュースは世間に出回っている真っ最中でしたが、
もう数年前のことになっちゃってる。。。

前置きが長くなりましたが、今さらながら、よっこいしょと投稿します。
*******  ********  ********

Terminally Ill Woman Brittany Maynard Has Ended Her Own Life

数年前のニュースですが、ブリタニーさんという若く、美しい女性が、
治療不可能な悪性の脳腫瘍にかかり、
自らの命を閉じる尊厳死を選択したことが、全米で大きく取り上げられました。
彼女の病気は、進行すると、大変な痛みや苦しみはもちろんですが、
自分が自分でなくなる状態になる段階がやってきます。
そのような状態になる前に、死を迎えたい。自分が自分らしいままの時に家族や友人と別れたい。

住んでいた州では違法であったため、合法であるオレゴン州のポートランドに引っ越しました。
(後で紹介するドキュメンタリーで紹介。オレゴン州はdeath of degnity の先駆的な州です)

なぜ、ブリタニーさんが、おおいに話題になったのかというと、
積極的にビデオ撮影のメッセージなどを発信し、
Death with dignity について理解を求めたからです。
そして、何よりも彼女の20代後半という若さと美しさ。
自ら逝ったときは29歳でした。

ちなみに、日本でいう尊厳死は、延命治療を続けないで、そのまま逝かせる事に使われている気がします。
ここでアメリカが言う尊厳死とは、本人に自覚、自覚ががある間、症状が末期のひどい状態になる前に安楽死をすることです。
アメリカ生活が長い我が家は、Living Will というものを作っていますが、
そこに、自分で判断ができない状態になった時に、延命治療をどうするかという事も意志を書いてあります。
死後の臓器提供などについても。
資産の事はもちろんですが、人生最期の事態についてもきちんと意志を表明しておく社会です。
延命措置で生き延びている状態をやめて亡くなるのは、アメリカでは自然死という認識のカテゴリーに入ります。
ですから、ブリタニーさんのようなDeath with Dignity による死は、安楽死といった方が分かりやすいです。

この記事の中にかなり沢山ブリタニーさんの軌跡が紹介されています。(英語)



病気になる前のブリタニーさんは、とても綺麗で、生き生きとした女性でした。
下は、結婚式での写真です。
アメリカでは、結婚式の写真をプロが本格的に撮ってまとめる事が盛んです。
人生の絶好調の時。



ブリタニーさんのニュースが話題になっていた頃、
俳優のロビン・ウイリアムズの自殺のニュースも世界中を駆け巡りました。
うつ病で苦しんでいたコメディ俳優の苦しい生活には想像を絶するものがあります。


抗がん治療の多くは、多量の投薬のため、その副作用で異常に太ることが多いです。
上は、ブリタニ―さんの最期に近いころ。まるで赤の他人のように見えるくらい太っています。
あとで紹介する「積極的な死」を選択した女性の言葉の中に、
「この尊厳死を選べば、**パウンド(という異常な体重増加で)膨れ上がることもない」
といったせりふがあります。
個人的に、薬の副作用での体重増加は、同じ経験をしていますから、気持ちがよくわかります。
どう努力しても、膨らんでしまい、とても嫌なものです。生き延びるためとわかっていても。。。


ブリタニーさんのために作られたページ

ブリタニーさんの遺志をサポートする基金のビデオ




******************
ブリタニ―さんは、Death with Dignityが合法なオレゴン州に引っ越しましたが、
このオレゴン州は、知る人ぞ知る、Death with Dignityの先駆けといえる有名な州です。
Death with Dignityについて理解を求めるため、
ブリタニ―さんは自らのことを世間に積極的に公開し、ビデオも作成して一般に公開するなどしていましたが、
彼女のこの活動は、じつは、このオレゴン州で始まった運動の流れにつながっています。

「How to Die in Oregon」
2011年にサンダースフィルムフェスティバルで、賞をもらったドキュメンタリー。
オレゴン州は、Death with Dignity が合法な州として知られています。
現在では、ワシントン州、バーモント州、、、と続き、
このドキュメンタリー作成中、
カリフォルニア州も合法化が進行中でしたが、現在は施行されています。

このドキュメンタリーを見ると、death with dignity のディテールがよくわかります。
医師は、必ず患者に「気が変わったか」を確認します。
映画は最後の最後の段階を紹介していますが、そこに行き着くまでには、
意思の確認作業が何度も行われています。

「家族に多大な金銭的、精神的負担をかけたくない」
という人には、自分が苦労をした経験、苦労を目の当たりにした経験があります。

「痛みや苦しみで、自分が自分でなくなっていくことに耐えられない」
「自分をコントロールできない状態は本当の自分の人生とは思えない」
「治療の副作用で、異常にふくれ上がった体になど戻りたくない」

この作品の中では、決断した患者さんたちの最期のシーンを淡々と紹介していますが、
一人、胃がんの女性の最期の日までを丁寧に、じっくりと追いかけています。
簡単な決断ではないことがひしひしと伝わってきます。

最期の時は、皆、自宅でそばにいてほしい人に囲まれて迎えています。

カチャカチャカチャーーーと、スプーンをかき回して、
カップの中の飲み物に「死への旅のための薬」を溶かし込む音が印象的です。
下はオフィシャルトレイラー。





クリスチャンが多いアメリカでは、
自ら死を選ぶという選択をすることにとても抵抗があると思います。
当人や家族だけでなく、社会(一般の人々)からの抵抗が強いと推察します。
ですから、このように、悩み、考えに考えた末の決断という事、
なぜか、という事の説明を丁寧にアピールするのでしょう。

でも、そのような中、
しっかりと尊厳死(安楽死)の合法を勝ち取った州がある所がすごいなあと思います。

http://www.fsight.jp/30098

参考
(下は2016年現在のアメリカでの条件Eligibility
日本語の方は、私が我流で訳したもので、正式な法律用語に訳されたものからの引用ではありません。念のため。
To qualify for a prescription under physician-assisted dying laws, you must beーーー
  • a resident of California, Oregon, Vermont, or Washington; and    ーカリフォルニア州、オレゴン州、バーモント州、ワシントン州、、、といったdeath of dignity が合法となっている州の(合法的な)住人であること。
  • 18 years of age or older; and   ー18歳以上
  • mentally competent, i.e. capable of making and communicating your health care decisions; and  ー精神状況が正常で、自分の病状、受ける医療措置を理解し、(安楽死を選択する決断をする)意思を他者に伝えることができること。
  • diagnosed with a terminal illness that will, within reasonable medical judgment, lead to death within six months. ー治療が不可能な疾患で、余命半年以内と医療機関から正式に診断されていること。
You must also must be able to self-administer and ingest the prescribed medication. All of these requirements must be met without exception.
ーー処方された薬は、誰の手も借りず、自分自身の手で摂取しなくてはいけません。
You will not qualify under aid-in-dying laws solely because of age or disability. ーー年齢や障害といった理由だけでは認められません。
Two physicians must determine whether all these criteria have been met.  ー2人の医師が、すべての条件を満たしていることを証明しなくてはいけません。
********************************
 
このような記事をつらつらと拾い読みしていくうち、
ちょうどブリタニ―さんのニュースと同時期にあった
ロビン・ウイリアムズの自殺の件が妙に頭に浮かび上がってきました。
うつ病(Depression) は、体は元気でも、心が生きる意欲を失っている状態です。
心が「生きたくない」という気持ちに巣くわれて苦しんでいる場合はどうなのだろう?
それだって、想像を絶する苦しみといえるのではないか?

調べてみたところ、やはりありました。

ベルギーで「生きるのに向いていないから」ということで、
肉体的には健康な女性が安楽死することを認められたというニュースを見つけました。
http://tocana.jp/2015/06/post_6713_entry.html

でも、精神疾患で苦しむ人たちの死(というのか、死にどきの見きわめは難しく、
論議が絶え間なく続いているようです。
https://www.lifesitenews.com/news/study-lays-out-complications-of-death-with-dignity-in-belgium

death of dignity を認めている国、アメリカの州
http://www.dignitas.ch/index.php?option=com_content&view=article&id=54&lang=en


*********************************


ブリタニーさんのことが話題になっていたころ、フランスのある女性が
「合法的に安楽死したい」と国を相手に闘っていました。

フランスの52歳の女性が非常にめずらしい病気にかかり、
顔が異常に変形したうえ、目も見えなくなり、一日中続く痛みと戦っていました。
この患者さんは、Chantal Sébireさんといい、元学校の先生でした。
そして、病巣が脳をおかし始めたら植物状態になり家族が介護せねばならなくなります。
彼女は、政府に安楽死を許可してほしいという訴えを起こしていました。
しかし、政府は首をたてに振りませんでした。
そして、ある夜、彼女が亡くなっているのが発見されました。

司法解剖によると、彼女は自然死ではなく、フランス国内では手に入らない
医師介助による安楽死のために使われる薬による死だという結果でした。

アメリカと違い、医師の立ち会いなどといった細かい決まりがない国もあります。
ですから、「安楽死」の薬を手に入れるための極秘ツアーといったようなルートで手に入れたのではないか、
誰かが薬の入手に手を貸したのではないか、などと言われています。

この女性の例は、いささか皮肉なところもあります。
病気がわかったころ、頑として薬品の使用を「体にケミカルを入れたくない」と拒否し、
病状がひどく悪化したそうです。
最終的にはには、自分の命を奪うための薬(ケミカル)を欲しています。



http://content.time.com/time/world/article/0,8599,1724062,00.html


安楽死についてまとめられたもの(日本語)
http://matome.naver.jp/odai/2134910945569325401

生まれてきたら、いつかは必ず死ぬときがやって来ます。
死はどうしても避けられない現実です。
もし、あと半年と言われたら、自分はどのような選択をしたらいいだろう。。。
これから猛烈な苦しみ、痛みが待っていて、
さらにあるところからは自分が自分でなくなり、
周囲のことも全くわからなくなり、
周囲にも金銭的にも、精神的にも負担をかける、、、

個人的なことですが、8年ほど前、死を考える機会がありました。
患者としていろいろな処置をくぐり抜けたのですが、苦しいものが多々ありました。
子供たちもまだ小さく、アメリカに頼れる身寄りのないことの辛さを思い知りました。

医療処置は、10人ほどがグループになって、
同じサイクルを回る感じで進められていました。
「治療」という言葉は使いません。
より長く生き延びるための「処置」というのが正確だからです。

「同期の桜」ではないですが、仲間意識みたいなものも芽生えました。
苦痛が伴うことを経験していく中、つくづく思い、語り合ったのは、

I am not afraid of dying, but suffer.
死ぬのは怖くない。苦しみが、苦痛が耐えられない。
ーーということです。
毎日の生活が病院と共にある、不快感、痛み、苦痛と一緒に過ごす患者としての日々は、
前向きに考えようとしてはいても、みじめだなあと涙がポロリと出てしまうこともありました。

"I want to have my life back to normal."
早く普通の生活に戻りたい。

という気持ちでいっぱいでした。

また、大病を患うというのは大きな挫折感を味わうことも実感しました。
どんなに健康に気をつけていたとしても、かかる場合はあるのです。

処置のファイナルステージでは、体力が持たず、亡くなった仲間が何人かいます。
でも、私たちは生き延びるチャンスがあったので、まっしぐらに立ち向かっていました。

もし、もう絶望的で、見込みがない。
あと半年以内と判断された時、

そこに、合法的な「安楽死」の選択肢があった場合、
How to Die in Oregon の女性をはじめとした他の人々のように、
ブリタニーさんのように、
合法的な「安楽死」を選ぶかもしれないな。。。

死は、病気ばかりではなく、いろいろな形で訪れます。
事故、犯罪や災害の被害者エトセトラ。

考えるとこわくなってきた。
このへんでおしまいにしておきます。

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